仏像、アフガンからの密輸品 イラン広報担当、朝日新聞社報道否定 現地紙報道 15日付のイランの英字紙テヘラン・タイムズは、朝日新聞が13日にイラン・ファールス州で仏像が発掘されたと報じたことについて、同州のイラン文化遺産庁当局者が「そのような事実はない」と否定したと伝えた。 テヘランの同庁広報担当者は朝日新聞の取材に、報じられた仏像はアフガニスタンで発掘されたとみられ、79年のイラン革命前にアフガニスタンから密輸された、と述べた。仏像が保管されていたイラン国立考古博物館に残っている資料で確認したという。 資料によると、密売人は逮捕され、仏像はファールス州の州都シラーズの博物館に運ばれた。その後、テヘランの国立考古博物館に移された。密輸された時期はパーレビ王朝時代(25〜79年)とみられるが、記録がないためはっきりしない。革命後は、イスラム教が偶像崇拝を禁じているため、展示されないまま倉庫に保管されていた。 朝日新聞の記事は、仏像は同庁が最近発見し、樋口康隆・京大名誉教授が現地で確認したとしていた。 朝日新聞社取材の経過 樋口氏が4月後半、イラン政府の要請でイランの文化財・遺跡調査に出向くため、日本から同行した記者もイラン側に許可を得て取材した。 国立考古博物館での仏像確認は2回で計3時間前後にわたった。樋口氏は床に腰を下ろして詳しく観察した。同博物館の管理責任者が「ファールス州の遺跡から出土した」と述べた。 1回目の確認後、文化遺産庁総裁ら幹部と会談。樋口氏が日本では仏像への関心が高いことなどを述べ、資料を求めた。樋口氏の要望で2回目の綿密な調査が実現。仏像の状況と国家機関のことでもあり、樋口氏は確信を持った。 イランの独自性判断 樋口康隆・京大名誉教授の話 イラン国立考古博物館では、同国ファールス州の遺跡から出土したと聞き、文化遺産庁幹部との会談でも話題になった。現場は見ていないが、仏像を2回確認した。小さな破片があったり、一部に土も付着しており、出土したまま持ち込まれたような状況だった。アフガニスタンのハッダの仏像とよく似たものがあるが、中に異なる様式もあり、中央アジアでの発掘調査の経験を踏まえ、イランの独自性と判断した。 2002年5月16日 -朝日新聞朝刊より- |