創建時の屋根組み再現
 
2日に現場公開

 奈良・唐招提寺金堂


 解体修理が行われている奈良市の唐招提寺金堂(国宝)で、創建当初の奈良時代に屋根の頂部を組んでいた部材が転用されて残っていることがわかり、当時の屋根組みの状況が再現された。11月2日、唐招提寺で開かれる解体修理現場の公開で紹介される。
 唐招提寺金堂は、奈良時代に創建されたあと、鎌倉、江戸、明治に解体修理が行われて屋根の形式が変化している。創建当初は、屋根の頂部で垂木の凸部と凹部を木製の栓で止める構造だったが、水はけを良くするためなどから、江戸の修理では屋根を高くする形式に変化。明治の修理では、トラスと呼ばれる三角形に組んだ部材で屋根の頂部を支える構造となり、創建当初の屋根より約2.7メートル高くなった。
 しかし、創建当初の部材は他の場所へ転用されて残っており、現在の地垂木380本のうち、44本が創建当初に屋根の頂部に用いていた身舎(しんしゃ)垂木であることが分かった。うち九本に、頂部で組み合わせるための凹凸が残っていた。
 この部材は、4.6メートル前後に切り揃えられているが、当初は約5メートルだったとみられる。

 元奈良国立文化財研究所研究員で法隆寺の保存修理にも携わっていた浅野清さんの過去の調査で判明していたが、解体修理に伴い、実際に部材を組んで創建当初の屋根の傾斜の様子が確認された。
 県文化財保存事務所の田中泉主査は「浅野さんの調査で当初の様子は推察されたが、実際に部材を組むことで、創建当初の屋根の様子がより具体的に示された」と話している。

                    
2002年10月29日 -奈良新聞 より-

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