正倉院級の宝蔵跡 吾妻鏡「高屋」の可能性 岩手・毛越寺 岩手県平泉町の毛越(もうつう)寺山門前の倉町遺跡から、12世紀に栄華を極めた奥州藤原氏の宝蔵とみられる建物跡が見つかった。発掘調査した町教委によると、鎌倉時代の武家記録「吾妻鏡」の平泉についての記述にある宝蔵を意味する「高屋(たかや)」の可能性が高いという。 県道改修工事に伴って町教委が8月から、約1500平方メートルを発掘調査し、東西の大路に面した地点で、南北約6メートル、東西約7.5メートルの建物跡を確認した。直径1.5〜1.2メートル、深さ1.2〜1.6メートルの柱穴が計11カ所見つかり、そのうち2カ所から腐らずに残った直径40センチ、長さ70センチの8角形の柱根や礎板も出土した。 穴の大きさや深さ、8角形に面取りした柱根などから、奈良の正倉院のような建物があった、と考えられるという。 柱穴には、中国産青白磁の皿約10枚分の破片が多数あり、中国産の緑釉壷(りょくゆうつぼ)の破片、黄色い釉薬(ゆうやく)の大皿の破片など、当時の最高権力者の宝物が収蔵されていたことを物語っているという。 東北大学東北アジア研究センターの入間田宣夫教授は「当時のメーンストリートに巨大な宝蔵が数十棟あった、という吾妻鏡の記述の信憑(しんぴょう)性が高まった」と話している。 2002年11月2日 -朝日新聞 朝刊より- |