日本最古の浴場跡見つかる 向日廃寺跡 釜で沸かし撥水も 京都府向日市埋蔵文化財センターは20日、平安時代前期(9世紀ごろ)の入浴施設である湯屋(ゆや)跡が、同市寺戸町西垣内の宝菩提院(ほうぼだいいん)廃寺跡から見つかった、と発表した。現存する湯屋としては日本最古とみられ、同センターは「古代の入浴方法が分かるだけでなく仏教史や風俗史などさまざま方面の調査研究に役立つ重要な発見」としている。 同廃寺は7世紀後半に創建。平安時代は願得寺と呼ばれ、その後、宝菩提院となり1962年に廃された。 今回発見した湯屋跡は、僧侶の日常生活の場だった大衆院の一画にあたる。石敷を備えた大形の竈(かまど)をはじめ、湯がこぼれて離水のために撥水加工を施した石敷水場施設、排水を兼ねた灰や炭の捨て場、湯屋の建物となる覆(おおい)屋などがあり、ほぼ完全な形で見つかった。 大形竈の周囲は東西2・3メートル、南北2・8〜3メートルの範囲で方形の石を敷き詰め、竈は直径約1・7メートルの半円形状となっていた。床の四隅に石を置いて鉄釜を乗せる台もあった。鉄釜は置き石の配置などから口径1メートル以上あったと推定される。 竈の北側にある東西4・3メートル幅の石敷水場施設は中央付近に幅15〜20センチの排水溝があり、竈の東側にある灰や炭の捨て場につながっていた。このほか、井戸からくみ上げた水を扱う場所として利用された石敷きの踏み場を持つ溝跡なども見つかっている。 これまで湯屋は14カ所あり、最も年代の古いのは東大寺大湯屋(奈良市)の1239(延応元)年に建てられている。同センターによると、覆屋の内部に大形の竈が一基あることや、井戸や石敷水場施設など水を多用する施設の存在、竈に乗る鉄釜が湯屋のサイズに合うことなどから湯屋と判断した。 2003年2月20日 -京都新聞 より- |