復興大伽藍(5) 日本の石にこだわり 落慶待つ薬師寺大講堂 金堂、西塔、大講堂と、主要伽藍を支える礎石や基壇に用いられたのは、岡山県笠岡市北木島で採掘された「北木石」と呼ばれる花崗(こう)岩。「日本の風土には日本の石が最適。最良の白い御影石というと北木石以外には考えられない」と伽藍復興で石の施工を担当した大石石材社長の大石文彦さん(42)は国産石にこだわりを示す。 最近では礎石に用いるような国産石を一定量確保するのは難しく、価格の安い中国産の石が主流。だが、乾燥した土地で採取した石は湿気の多い日本に持ち込むと、湿気を含んで汚れやすく風化しやすい。回廊では韓国産の石を用いたが、主要伽藍の金堂と西塔、大講堂はすべて国産。当初は大講堂だけは価格面から中国産も一部用いる予定だったが、石職人の心意気で、最後は採算を度外視して国産石を貫いた。1000年以上先まで大伽藍を支え続けるためには、日本の風土で育まれた国産でなければという強い思いからだ。 金堂復興を始める前、橋本凝胤長老が、大石さんの父で当時は社長だった恒義さんと北木島にまで出かけ、石の霊をなぐさめる法要を営んだことを覚えている。「瀬戸内海の小さな島まで船で渡り、わざわざ法要をしてくださいました。石も大自然の恵みという長老の気持ちが感じられます」。 大講堂では、礎石は750キロもの巨大な石を46個。外柱用にも150キロ程度の礎石を34個用いた。北木島から切り出した石を同島で成形し、薬師寺で微調整をしながら据えつける。講堂の床面に敷き詰めた敷石は約2800枚。石と石を密着させてすき間を作らない独特の施工法で、高い技術力を要する。 写経勧進でつくられた同寺の大講堂では、敷石1枚、1枚にも写経者が1文字写経を勧進している。写経者の気持ちに応えるため、傷をつけないように、破損しないようにと細心の注意を払って施工したという。 金堂復興が始まったときは小学生だった大石さんは、中門の復興から現場工事に携わった。「わかくさ国体に臨席される昭和天皇が渡り初めをされることが決まり、工事を急いだのを覚えています」。 玄奘三蔵伽藍、回廊、そして大講堂。先代から引き継いで薬師寺の仕事に携わっている。プライベートでも同寺とかかわりが深い大石さんは「高田好胤前管長をはじめ、寺の方々にはとても感謝している。家業として石の仕事を続けさせていただいた先人の仕事に報いるつもりで、それ以上の仕事を残したい」。大講堂という大きな仕事を終えた今、特にそう思う。 「1000年後の職人が、昭和、平成の石工がそこまでの仕事をしたのだと評価してもらえたら。目に見えない部分にも気を配り、精巧な仕事をしたと思ってもらえればうれしいですね」。 2003年3月17日 -奈良新聞 より- |