復興大伽藍 (6) 写経者の思い大切に 落慶待つ薬師寺大講堂 お写経勧進による伽藍(がらん)復興では、屋根瓦にも一文字写経が行われた。大講堂で奉納された写経瓦は7万3600枚。その一つ一つに般若心経の文字が記され、写経者の思いが込められている。 「瓦が写経される方の目に触れるので、仕上がりにはとても気を遣いました。屋根にふくときも、写経された人のために損傷するわけにいきません。お写経で造られた大講堂というのを本当に実感しましたね」と復興した伽藍の屋根をふいた山本瓦工業の山本清一さん(70)。 山本さんは、文化庁の選定保存技術保持者で、法隆寺の金堂修復、東大寺大仏殿の昭和大修理など国宝や重要文化財建造物の屋根を手がけてきた伝統瓦の第一人者。法隆寺の金堂修理で西岡常一棟りょうと仕事をしたのが縁で、西岡棟りょうとともに薬師寺金堂の屋根を手がけるようになる。 瓦は、発掘調査で出土した白鳳瓦をもとに復元。奈良時代の建物の瓦窯跡が多く見つかる県北部の土を中心に五種類の土を混ぜて製作した。建物を雨から守るには吸水率の低い瓦が望ましく、1200度という高温で焼いた瓦を用いたという。 建物を雨から守るという使命感に加え、建物をいかに造るかというのも職人の腕にかかる。「美容師みたいなもの」といい、建物の印象は屋根で決まる。「建物をどんな風に仕上げたいのか、設計者の意図を受けてふきあげるのが職人の腕」と山本さん。複数の職人がいても、気持ちを一つにして同じようにふきあげなければ、良い仕事はできないという。 山本さんは、薬師寺で最初に復興した金堂の落慶法要が印象に残っている。前日の夕方、金堂の鴟尾(しび)の覆いを取り外すリハーサルをしたところ、「ハンカチを散らしているようだ」という声が上がり、再検討。徹夜で五色の吹流しがはためく仕掛けを作り、当日は見事な落慶法要を迎えたという。 伽藍復興は西塔、回廊、玄奘三蔵伽藍と続くが。常に思ってきたことは、千年後に残る仕事をするということ。「自分のふいた屋根を自分で修理するほど情けないことはない。100年以上たって解体修理が必要になったとき、笑われないように」と話す。 「薬師寺の金堂は昭和、大講堂は平成の代表作となる。今は建てられたばかりだが、いつかは国宝になる。国宝になる建物を造っているというのは職人みょうりにつきますね」。 2003年3月18日 -奈良新聞 より- |