復興大伽藍 (7) 重さ650キロの大型鴟尾
 落慶待つ薬師寺大講堂


 21日に行われる落慶法要では、大講堂の頂部を飾る鴟尾(しび)の覆いを取り除く儀式が、落慶を象徴するセレモニーとして執り行われる。金色に輝く鴟尾が訪れた人の目にまぶしく輝く。

 薬師寺の鴟尾や風鐸(ふうたく)などを製作したのは、大阪市東成区の大谷相模掾鋳造所の大谷秀一さん(69)。名古屋城の金の鯱(しゃちほこ)や四天王寺の塔を手がけた文化庁の選定保存技術保持者だ。「先代(大谷隆義さん)が西岡(常一)棟りょうと親しく、西岡棟りょうとともに金堂、西塔から仕事をさせていただきました」と大谷さん。

 薬師寺では、発掘調査で鴟尾は出土しておらず、創建当初の屋根に鴟尾があったかどうかは分からない。しかし、「奈良時代の第一級の寺院には鴟尾があり、薬師寺にも鴟尾があったはず」と伽藍(がらん)復興建設委員らが鴟尾のある屋根を想定。同時代の大阪府柏原市の鳥坂(とっさか)寺の鴟尾を基に復元された。
 鴟尾は高さ1.8メートル、幅1.2メートル、重量650キロ。青銅製で、表面に漆を塗り、金箔が施されている。大講堂の鴟尾は金堂の約2倍。明治以降では最大級の寺院建築となる、大講堂に見合う超大型の鴟尾となった。

 青銅製の鴟尾は、何段階もの手をかけた鋳型作りから始まる。粘土で完成品と同じ鴟尾を製作。これを基に石膏(こう)でメス型を作り、樹脂で加工してさらにオス型を作る。大講堂の鴟尾では、これを三つのパーツに分けて製作した。
 「銅を流し込むのは一瞬なので気が抜けない」と大谷さん。約千度で溶かした銅を入れた容器をクレーンで移動し、鋳型に一気に流し込む。真赤に溶けた銅が生き物のように流れ込むと水蒸気が立ち上り、緊張の一瞬だ。
 出来上がったパーツを組み合わせて鴟尾が形作られる。別々に鋳造したものをきちんと合うように作るのも熟練の技という。
 隅木や尾垂木、ひえん垂木を飾る金製品、風鐸、扉など大谷さんが手がけた金製品は主なものだけで13種類。「建築工程に合わせて必要な製品を鋳造しなければならず、数が多いので大変でした」。発掘出土品を基に復元し「あっさりしているが、味のあるデザイン」と感じたという。
 鴟尾を屋根の上に載せるのは、建物完成の最終段階を意味する。「末代まで残る仕事をという気持ちで取り組んできた。大きな仕事を成し遂げたという充実感でいっぱい」と朴訥(ぼくとつ)とした表情に笑顔を浮かべた。

                      2003年3月19日 -奈良新聞 より-

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