復興大伽藍(9) 心復興で豊かな生活 落慶待つ薬師寺大講堂 薬師寺(奈良市西ノ京)の大講堂はきょう21日、落慶法要が営まれる。伽藍(がらん)復興事業は30年以上にも及んだ。そのなかで大講堂の落慶はどのような意味をもつのか。これからの薬師寺の目指す方向はどのようなものか。松久保秀胤管長に聞いた。 ―大講堂の復興は薬師寺にとってどのような意味をもつのでしょうか。 松久保 大講堂は教学を中心としたお堂。薬師寺は、玄奘三蔵に師事した道昭さんが日本に伝えられた唯識と金光明経を教えとしている。玄奘三蔵さんが中国の王に金光明経を講釈されたのと同じように、道昭さんは宮中で天武天皇に金光明経の講義をされた。その翌年に天武天皇が薬師寺を発願された。天武天皇が亡くなられたあと、持統天皇が金光明経をもとにした法要「最勝会」を勤めておられました。宮中で勤めておられたと思いますが、天長7(830)年から正式に薬師寺が勤めるようになりました。その最勝会を大講堂とともに復興しようと考えています。 金光明経は、国土と国民が大事と説いているお経です。後に、大安寺に入った道慈さんが金光明最勝王経を伝えられますが、密教を中心としたお経で、これは国王が大事だと説いている。金光明最勝王経は時流に乗り、密教を学んだ空海や最澄が平安京で広めます。一方で、奈良では金光明経に基づいた最勝会を薬師寺で始まるのです。これが大講堂が燃える享禄元(1528)年まで脈々と続いていた。薬師寺では、国民が大事と説く金光明経に基づいた最勝会を復興しようと考えています。民主的な世の中にふさわしいお経です。大講堂の復興は、最勝会を行ってこそ意味があるのです。 ―金堂から西塔、中門、回廊、玄奘三蔵伽藍と続いて大講堂も復興された。伽藍復興はこれで終わりなのでしょうか。 松久保 工事のような外科的な復興は八分通り終わります。これからは教学に励んでいきたいと思います。最勝会の復興もその1つ。天武天皇が望まれた国民と国土を大切にし、心豊かな生活を送ることができるように心の復興に取り組んでいきたいと考えています。教育など人の育成や福祉なども考えられますが、具体的なことはまだ決まっていません。これから決めていくことになると思います。 ―700万巻を超えるお写経で伽藍が復興された。写経者の心のよりどころとしての写経はどのようになるのでしょうか。 松久保 写経はこれからも続けます。しかし、皆さんの信仰のために写経をしてくださいということです。本当に多くの方々のお力でここまで立派な伽藍に復興することができました。戦後の農地解放で4万坪あった寺域は7000坪にまでなりました。伽藍復興は土地の買収から始まったのです。そういう意味では、国民の力で出来た伽藍といえます。写経していただいた多くの方々のためにも、仏様の教えを伝える教学に力を入れていかなければという思いです。 ―30年以上にも及ぶ伽藍復興はご苦労も多かったのではないでしょうか。大きな節目を迎えられた今のお気持ちはいかがでしょうか。 松久保 最勝会を終えるまでは、まだ実感はありません。どのように最勝会を理解してもらえるように勤めるかで頭を悩ませています。薬師寺はお写経によってここまでしていただいた。写経していただいた方々をおろそかにしないように、寺としてどのような方向に進むべきか、真剣に考えていきたいと思います。 2003年3月21日 -奈良新聞 より- |