薬師寺大講堂落慶法要
 威風堂々、白鳳伽藍

 奈良市西ノ京の薬師寺(松久保秀胤管長)で21日、大講堂の落慶法要が始まり、約5000人が平成によみがえった白鳳伽藍(がらん)の復興を祝った。

 同寺は、天武天皇が皇后の病気平癒のため発願し、藤原京に創建。平城京遷都とともに現在の地に移転したが、享禄元(1528)年の火災で伽藍のほとんどが焼失した。江戸時代に仮金堂と講堂が再建されたが、創建当初の姿に復興しようと、昭和42年から伽藍復興を進めてきた。
 これまでに金堂と西塔、中門、回廊を復興。大講堂は平成8年に起工し、7年ががりで幅約40メートル、奥行約20メートル、高さ約17メートルで、明治以降の木造建築では最大級の建物を完成させた。

 落慶法要は、午前10時30分に鐘の音を合図に始まり、南都楽所の楽人に先導されて僧侶らが入場。奈良時代の法衣に復元された糞掃衣(ふんぞうえ)に身を包んだ僧侶らが中門から金堂、大講堂まで練り歩いた。
 全員が整列すると、写経者の代表が松久保管長に大講堂の鍵を手渡す「お鍵渡し」の儀式が行われ、鍵を受け取った松久保管長は金色に輝く鍵を参列者に見えるように高々と掲げた。続いて落慶を象徴する「鴟尾開顕」の儀式があり、金堂の屋根から大講堂の屋根に向かって2匹の龍が飛来。龍が鴟尾を包んだ覆いをくわえて取り去ると、色とりどりの散華が風に舞った。

 さらに、扉を開ける開扉の儀、写経を納める納経の儀、本尊開眼の儀などが続き、安田暎胤・副住職が開眼筆を手に本尊開眼の所作を行った。
 このあと、松久保管長が700万巻の写経で白鳳伽藍が復興できたことに感謝するとともに、道昭大僧都が天武天皇に講釈した金光明経による最勝会を大講堂で復興することで、世界の平和と国民の幸せを祈るとする表白文を読み上げた。
 信徒総代の塩川正十郎財務大臣もお祝いに駆けつけ、「橋本凝胤管長から高田好胤管長へと受け継がれた40年にも及ぶ事業が結実した。良い日本をつくっていこうという日本人の心の復興を表している」と祝いの言葉を贈った。
 午後からは、奉納行事が行われ、大蔵流茂山千之丞師らが狂言「末広」、観世流の観世喜之師らが能「石橋」を奉納した。
 落慶法要、奉納行事は23日まで続けられる。

                      2003年3月22日 -奈良新聞 より-

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