幻の法要しめやかに 薬師寺500年ぶり最勝会

 奈良市西ノ京町の薬師寺(松久保秀胤管主)で26日、享禄元(1528)年の戦火で大講堂が全焼してから途絶えていた「最勝会(さいしょうえ)」が約500年ぶりに営まれた。
 最勝会は、天皇の勅使が参列し、国家安泰や万民豊楽を祈るとともに、僧侶が幹部資格を得るための国家試験も兼ねられていた。宮中の御斎会(みさいえ)、興福寺の維摩会(ゆいまえ)とあわせて日本三大法会に数えられ、室町時代には3月に7日間にわたって猿楽や歌舞も奉納される、修二会花会以上に力が入れてられていた法要だったという。
 仮講堂が完成した嘉永5(1852)年に復興が試みられたが、規模の小さな「最勝講」しか復元されず、最勝会の復興は寺の悲願となっていた。
 午後6時40分ごろ、奈良時代の資料をもとに制作された法衣をまとった26人の僧侶が、おともの白丁を従えて本坊を出発。勅使役の三條西堯水お家流香道宗家ら総勢60人の行列で境内を練り歩いた。
 三條西宗家が香を供えて講堂を清めた後、散華の声明が唱えられ、その後「講師」役の安田暎胤副住職と「読師」役の加藤朝胤執事の2人が論議を重ねた。
 また、「探題」役の松久保管主から出される金光明最勝王経や法華経の教義の問題にも回答。約400人の参拝者に見守られながら、約2時間にわたってしめやかに法要が営まれた。

                      2003年4月27日 -奈良新聞 より-

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