古代寺院の総合工房 ガラス、瓦も生産 明日香・川原寺跡

営繕システム解明へ
 国内最古の鋳鉄遺構が見つかった明日香村川原の川原寺跡。創建当時から使われた総合工房で、小型の金属製品からガラス、瓦まで、寺の維持に必要な物資を供給していた。飛鳥京を代表する官寺でもあり、古代寺院の営繕システムを知る手がかりとして注目されている。

寺域北端の大垣確認
 飛鳥川西岸の約370平方メートルを発掘調査。寺域の北端を区画する大垣も見つかり、南北規模は約330メートル(三町)と判明した。柱を据える穴は1辺約2メートルと大きく、宮殿中心部の建物に匹敵する。
 工房は大垣のすぐ内側にあり、金属加工に使った小型の炉跡(直径20−30センチ)が点在、ふいごの羽口やガラス玉の鋳型も出土した。西側の丘陵に瓦窯があったらしく、廃棄された瓦も大量に見つかった。
 立地や生産内容は官営の巨大工房「飛鳥池遺跡」にそっくり。奈良文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部の松村恵司・考古第2調査室長は「まるでミニ飛鳥池遺跡。七世紀の工房の普遍的な姿かもしれない」と驚く。
 奈良時代には鋳鉄遺構の付近に掘っ立て柱建物が並ぶなど、時代によって様相を変えながら、平安時代後期まで機能していた。

 大脇潔・近畿大教授(考古学)は「主要伽藍(がらん)から離れており、これほどの密度で利用されているとは思わなかった。創建当時から修理院(しゅりいん)の機能を果たしていたのだろう。古代寺院の研究にとって重要な資料」と評価する。
 川原寺は回廊にコの字形の僧房が取り付き、大勢の僧侶が暮らしていた。食堂(じきどう)や倉庫もあったと考えられている。

 坪井清足・元興寺文化財研究所長(考古学)は「寺には僧侶の生活と建物を維持する機能が必要だった。飛鳥時代の寺院がどのような維持管理システムを持っていたか、具体的に分かって興味深い。工房の範囲もはっきりさせる必要があるだろう」と話している。

                      2003年6月7日 -奈良新聞 より-

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