法輪寺で7世紀の線刻画 丸瓦に金堂描く? 旧境内遺跡

 斑鳩町三井の法輪寺旧境内遺跡から、重層の建物と見られる線刻画が描かれた7世紀後半の瓦片が見つかり、斑鳩町教育委員会が7日、発表した。建物の線刻画が描かれた瓦の出土例は宮城県多賀城市の多賀城廃寺跡に次ぎ全国2例目で、年代は今回の方が古い。同町教委は「法輪寺創建当時の金堂を模したものの可能性がある。いたずら書きではなく、何か意味を持って描かれたのではないか」と推察している。

ハスの花びらの瓦も
 瓦片は講堂基壇北側から出土。破片の大きさは約13センチ×約11センチで、厚さは約1.7-2センチ。現在の法輪寺の伽藍が成立した7世紀後半の白鳳期に作られた丸瓦と推定。線刻画は丸瓦の凸面にヘラ状の先端の鋭利な工具で、重層の建物が描かれている。
 線刻画瓦は全国で確認されているが、落書に近いものが多い。建物を描いたものは、8世紀前半に創建された宮城県の多賀城廃寺跡で出土例があるが、今回の方が年代が約50年古く表現も丁寧だという。
 今回の発掘調査ではこのほか、ハスの花びらを描いたものなど、同じく線刻画で描いた瓦2点も出土している
 町教委は「出土個所の講堂より、先に建てられた創建当時の金堂や塔を模して描いたのではないか」と推定。「建物の特徴をよく捉えて、構造や細部を描いている。瓦工人のらくがきではなく何らかの意味を持っているのでは」としている。 法輪寺では今月12、13日の両日、今回出土した瓦3点を展示する。見学時間は午前9時から午後5時まで。見学には拝観料が必要。

法輪寺
 奈良県斑鳩町三井にある聖徳宗の寺。聖徳太子の病気平癒のため、息子の山背大兄王が建立したとする説と、670年の斑鳩寺焼失後に造営されたとする説がある。明治時代に国宝に指定された三重塔は1944年の落雷で焼失。75年に宮大工の故西岡常一氏の手で再建された。昨年、赤く塗った鴟尾(しび)片が見つかり、創建期の建物が独特な姿だった可能性が指摘された。

                      2003年7月8日 -奈良新聞 より-

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