基幹排水路か石組み溝発見-飛鳥京跡

 明日香村岡の飛鳥京跡で、基幹排水路とみられる7世紀後半の石組み溝が見つかり、県立橿原考古学研究所が10日、発表した。大量の土器や木簡の削り屑が含まれており、南側の宮殿地域で使用されたらしい。宮廷人の生活に迫る資料として期待されている。
 石組み溝は南北に延びており、10メートル分が見つかった。幅1.8メートル、深さ80センチ。飛鳥京跡の石組み溝では最大級で、最下段には一辺約60センチの石が使われていた。
 西側に塀とみられる柱穴があり、溝に沿って2.4〜2.7メートル間隔で並んでいた。柱の直径は約30センチで、かなり立派な塀だったと推定できる。
 飛鳥浄御原宮(きよみはらのみや)が営まれた天武期(673〜686年)の遺構と考えられ、藤原京への遷都(694年)前後に埋められ、小石を敷いた広場に変わっていた。
 土器は溝の中や石敷きの間で大量に出土。発掘用のコンテナで45箱分あり、「水」と書いた墨書土器も含まれていた。
 完形の木製定規(長さ24.5センチ)も見つかり、石神遺跡(同村飛鳥)の木製定規と並んで最古級。7ミリ〜1.1センチ間隔でいくつもの刻み目があった。行政文書の作成などに使われたらしい。
 現場は宮殿外郭の北側で飛鳥寺の境内に近い。管理の行き届いた飛鳥京跡で土器が大量に見つかることは珍しい。
 同研究所の西藤清秀・調査第二課長は「土器や木簡には多くの情報が含まれており、宮殿生活の復元にとって重要な資料だ」と話している。
 現地説明会は13日午前10時から午後3時(小雨決行)。現場は飛鳥寺の南約300メートル。


                    2004年3月11日 -奈良新聞 より-

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