420年ぶり「里帰り」 道成寺の釣り鐘、京の妙満寺から

 能や歌舞伎の名曲「道成寺」で知られる道成寺(和歌山県川辺町)の釣り鐘が今秋、現在安置される妙満寺(京都市左京区岩倉)から420年ぶりに「里帰り」する。豊臣秀吉が根来攻めの後、京に鐘を持ち帰って以来、道成寺に釣り鐘はない。初の帰郷に道成寺は、「京都のみなさんに大変感謝している。お帰りが待ち遠しい」と喜んでいる。

 道成寺側が、秘仏の千手観音像の33年ぶりの開帳(来年3月)にあわせて一時的な里帰りを計画、妙満寺に依頼した。同寺も快だく。10月初旬に京都から送り出し、到着した道成寺で法要を営んだ後、12月まで2カ月間、公開することになった。
 鐘は、高さ約110センチ、重さ約300キロで、初代の鐘が焼けて約400年後の1359年に再興された2代目。「清姫の恨みで音がこもる」と竹林に埋められていたが、根来攻め(1585年)の際、掘り起こした秀吉の家来が京に持ち帰った。その後、妙満寺に納められたとされる。
 以降、妙満寺では毎春、安珍・清姫の霊を鎮める鐘供養を営んで、大切にしてきた。鐘は、江戸期や明治期に東京・浅草などで公開された記録はあるが、和歌山に里帰りするのは初めてだ。
 妙満寺の湯原正純執事は、「鐘を通じて京都と和歌山の歴史がひもとかれ、交流が深まれば喜ばしい」と期待する。
 迎える道成寺も「毎日のように、参拝客に『鐘はどこ?』と聞かれてきた。念願かなってうれしい」と喜び、「鐘がたどったとされる熊野古道は近く世界遺産となる可能性も高い。これも熊野の歴史の1コマ。平成らしいご開帳にしたい」(小野俊成副住職)と意気込んでいる。

 【安珍清姫伝説】 修行中の美僧安珍に恋した清姫が執心のあまり蛇の姿に変化。鐘の中に隠れた安珍を、鐘ごと焼き尽くした。この言い伝えを元に、能「道成寺」や歌舞伎舞踊「京鹿子娘道成寺」ができた。女の情念を表した「道成寺もの」として、伝統芸能の人気作品になっている。


                    2004年4月21日 -京都新聞 より-

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