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金ぱくはがし、出てきた平安中期の密教像 石山寺の如意輪観音坐像 江戸時代の作とされていた石山寺(大津市石山寺1丁目)所蔵の仏像「如意輪観音坐像(にょいりんかんのんざぞう)」が修理で金ぱくがはがされたところ、平安時代中期の作で、全国的にも数少ない初期の密教像であることが2日までに、滋賀県立琵琶湖文化館の調査で分かった。同寺が真言宗に教義を変えた時期にあたり、同文化館の土井通弘学芸員は「本尊的な役割を果たしていたのでは」とみている。 仏像は高さ56・4センチで、密教の教義を6本の腕で表した六臂像(ろっぴぞう)。 同寺の鷲尾遍隆副座主によると、昭和の中ごろの修理で金ぱくを張り直したところ安っぽい姿になり、収納庫にしまわれたという。顔の表情から江戸時代の作と見られていた。 寺では像を古びた雰囲気にしようと3年前から修理。金ぱくをはがすと古い木地が現れ、顔の彫りが穏やかで耳が太い特徴から、同文化館などが10−11世紀の作と鑑定した。 石山寺は762(天平宝字6)年ごろ、華厳宗の寺として開かれたが、10世紀初めに真言宗に変わったとされる。創建時に造られた本尊の如意輪観音像は、華厳宗の教義を2本の腕で表す二臂像で、1078年の火災で焼失後、平安後期に再建されたと伝わる。 六臂像は同寺にこの一体しかなく、土井学芸員は「信者だった天皇や貴族らが祈とうする際に密教教義に合うように造られたのでは。石山寺の変遷を伝える貴重な仏像」としている。 2004年5月3日 -京都新聞 より- |