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計画的な渡来人町?-高取の観覚寺遺跡 溝の中に柱穴がびっしり並ぶ大壁建物跡=高取町観覚寺の観覚寺遺跡 高取町観覚寺の観覚寺遺跡で、渡来系の住居とされる「大壁(おおかべ)建物」の遺構が見つかった。昨年も隣接地で確認され、調査した町教育委員会は、計画的に建設された渡来人の町だったとの見方を強めている。渡来系の大豪族、東漢氏(やまとのあやうじ)の本拠地だった可能性が強まった。 住宅の建設に伴い、約200平方メートルを調査した。大壁建物跡は3棟見つかり、6世紀代の遺構とみられる。いずれも方形で、このうち一棟は長辺8.8メートル、短辺7.8メートル。周囲を溝状に掘り、中に柱穴がびっしり並んでいた。石組みのオンドルとみられる遺構もあり、建物の地下を巡っていたらしい。 大壁建物は溝の中に立てた柱を壁土で塗り込める構造。国内では約60例見つかっている。 今回の調査地は川沿いの荒れ地で、はんらんで堆積(たいせき)した石の上に土を敷いて造成されていた。 5世紀に渡来したとされる東漢氏は同族の先進技術者を統括、武力を背景に大きな力を振るった。蘇我氏との関係も深い。 町教委生涯学習課の木場幸弘課長補佐は「持ち前の技術力で与えられた荒地を開墾し、居住地域を広げていったのだろう」と話している。 町教委は12日午後1時から、同町観覚寺のリベルテホールで第三回「高取町文化財講演会」を開催。町教委の担当者が最近の調査成果を報告するほか、関川尚功・県立橿原考古学研究所資料室長が「考古学からみた高取の渡来文化」、和田萃・京都教育大教授が「飛鳥文化の先進地、高取」と題してそれぞれ講演する。 入場無料、申し込み不要。問い合わせは町教委生涯学習課、電話0744(52)3715。 2005年2月9日 -奈良新聞 より- |