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天武天皇の経蔵か、創建時の礎石確認 奈良・明日香村の川原寺跡 奈良県明日香村の川原寺跡(国史跡)で、7世紀後半(飛鳥時代)とされる創建時の礎石が新たに見つかり、奈良文化財研究所が20日、発表した。既に確認した中金堂、講堂の2棟に挟まれ、文献などから経蔵と鐘楼が東西に並んでいたと想定される位置で、673年に天武天皇が写経を始めさせたと日本書紀にある一切経などを納めた経蔵の可能性がある。 法隆寺(同県斑鳩町)に8世紀の経蔵が現存するが、経蔵や鐘楼の遺構としては最古といい、同研究所は「飛鳥寺など7世紀の官寺で、経蔵や鐘楼の遺構を確認したのは初めて。古代寺院の伽藍(がらん)建築を考える上で重要な発見」としている。 ■良質の経典あったはず 和田萃京都教育大教授の話 川原寺は飛鳥地域で最も格式のある寺。見つかった遺構が経蔵なら、質の良い経典がずいぶんたくさんあったはずだ。遣隋使小野妹子に従い留学、国博士になった僧旻の死後、孝徳天皇が川原寺に菩薩(ぼさつ)像を安置したと日本書紀にある。旻が持ち帰った経典も納めたのではないか。経蔵の規模から、経典の数などを割り出せたら興味深い。 2005年2月20日 -共同通信 より- |