天武天皇の経楼か-巨大礎石の建物跡確認【明日香・川原寺跡】

 「飛鳥四大寺」の一つ、明日香村川原の川原寺跡で、巨大な礎石を伴う建物跡(7世紀後半)が見つかり、奈良文化財研究所が20日、発表した。経巻を納める経楼か鐘楼とみられ、天武天皇が同寺で写経させた一切経を収めた可能性もある。いずれの場合も国内最古。
 建物跡は中金堂の北西で見つかり、南北6.3メートル、東西4.2メートル。柱を支える礎石は最大で直径約1.7メートルあり、中金堂をしのぐ大きさ。基壇も南北11.7メートル、東西9.6メートルと大きく、庇(ひさし)が四方に張り出す入り母屋造りの建物だったとみられている。
 7世紀の経楼・鐘楼は、桜井市の山田寺跡と岐阜県飛騨市の杉崎廃寺でしか見つかっておらず、古代寺院の建築物を考える上で重要な資料という。
 日本書紀によると、天武天皇は川原寺に写経生を集めて一切経を写させた。母・斉明天皇のめい福を祈るためとの見方が有力。
●現地見学会は22日午前9時から午後4時。少雨決行。


                    2005年2月21日 -奈良新聞 より-

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