創建時の庭石? 巨大な石が見つかる 山科本願寺跡

 本願寺中興の祖、蓮如が室町後期に築いた山科本願寺跡(京都市山科区西野)の境内中心部(御本寺)で、土塁の遺構の下から直径約1・2メートルの巨大な石が見つかった。23日発表した市埋蔵文化財研究所は「庭園に使われた庭石の可能性がある。その後、土塁の拡張で埋められたのでは」と話している。

 同寺跡は1984年から同埋文研などが計20回にわたって調査している。今回は3月上旬から計420平方メートルを調査した。御本寺の西端にあたり北側には土塁が一部現存している。

 石は、地上部分が無くなった土塁遺構の下から見つかった。石質は庭石として一般的なチャートで、平らな面を上にする形で人工的に埋められていた。石に沿うように不定形な溝も見つかり、遣(や)り水の可能性もあるという。

 同じ土塁遺構の下からは、さらに古い土塁の東端部分も検出した。当初の土塁は直線状で、その後クランク状に拡張した際、石が埋められてしまったとみられる。

 1478(文明10)年に同寺を造営した蓮如が著した「御文(おふみ)」には、造営時に寝殿と庭園をつくったとの記述がある。同寺はその後、1532(天文元)年に法華宗徒らの焼き打ちを受け陥落している。今回の発見について同研究所では「創建当初の寺の設備をつぶしてまで土塁を拡張しなければならないほど、軍事的緊張が高まっていたのではないか」と話している。
 京都造形芸術大の仲隆裕教授(日本庭園史)は「石は平安時代の貴族が好んだ石質で、姿も庭石にふさわしいことから、修景のための景石の可能性が高い」と話している。


                    2005年6月23日 -京都新聞 より-

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