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寺域南端、本堂から50メートル 浄妙寺跡調査、北端は確認できず 宇治市歴史資料館は26日、平安時代に藤原道長が建てた浄妙寺跡の発掘調査で、本堂の南約50メートルに寺域の南端があったことが分かった、と発表した。同寺は当時隆盛を極めた藤原氏の菩提(ぼだい)寺として知られるが、寺域はまだ明確ではなく、同資料館は「確定しつつある」としている。 浄妙寺は木幡地域に墳墓群がある藤原氏一族の菩提を弔う寺で、のちに焼失した。これまでに木幡小の敷地内で本堂の法華三昧堂(ざんまいどう)の遺構などが見つかり、2003年度から史跡指定に向け寺域を調べている。 今回の調査は寺域の南北を確認するため、7月27日から同小敷地内で実施。校舎近くの調査地から河川堆積(たいせき)層が見つかり、文献で寺の南限とされる川が、本堂の南約50メートル付近を流れていたことを確認した。 一方、本堂の北約30メートルに当たるグラウンド北西の調査地では、北限を示す跡は確認できなかったが、鐘楼など小規模な建物の土壇とみられる跡のほか、平安時代の土器や瓦などが出た。 同資料館は「遺物の量などから、寺域は調査地から大きく北に広がることはないと考えられる」としている。 2005年8月27日 -京都新聞 より- |