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太子ゆかりの境内再び-大和郡山 額安寺 本堂の解体修理や参道の整備が終わった額安寺境内=大和郡山市額田部寺町 聖徳太子が開いたと伝えられる大和郡山市額田部寺町の額安寺(喜多寿佳住職)で、一昨年から行われてきた境内整備が終了し、来月6日に落慶法要が営まれる。 聖徳太子が開いた道場が始まりとされ、古文書によると、金堂や五重塔などの伽藍(がらん)が営まれた。その後、火災などで衰退し、五重塔も豊臣秀吉の命令で四天王寺に移された。 先代住職の喜多亮快さん(故人)が昭和49年から復興に着手したが、江戸時代初頭に建てられた本堂は傷みが激しく、十分に修理できない状態だった。 今回の整備では、懸案の本堂を解体修理。できるだけ古材を生かし、奈良時代の特徴を残す外観もそのままとした。幅約12メートル、奥行き約8メートル、高さ約25メートルの威容がよみがえった。 2005年10月25日 -奈良新聞 より- |