蘇我入鹿の邸宅跡か-建物跡や焼け土【甘樫丘東麓遺跡】

 明日香村川原の甘樫丘東麓遺跡で、古代豪族・蘇我氏の邸宅とみられる7世紀の建物群跡が見つかり、奈良文化財研究所が13日、発表した。日本書紀によると、甘樫丘には大化の改新(645年)のクーデターで失脚した蘇我蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)父子の邸宅があったとされる。建物群は丘の尾根を切り開いて整地された谷に立地していることから入鹿の邸宅「谷(はざま)の宮門(みかど)」の可能性があり、書紀の記述に迫る発見として注目される。
 国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区の造園に伴う遺跡確認調査。両側を尾根に挟まれた6000平方メートルの平地にあり、725平方メートルを調査。五棟の掘っ立て柱建物跡と一列の塀跡を確認した。
 掘っ立て柱建物のうち規模が確認できたのは南北3.6メートル、東西10.5メートルの1棟だけ。東西両側の溝から7世紀前半の土器や焼け土、炭などが見つかった。焼け土などが建物の火災に伴うものかどうかは不明。


                    2005年11月14日 -奈良新聞 より-

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