蘇我氏滅亡後の塀跡か-7世紀中の柱列

 古代豪族、蘇我馬子(?―626年)の邸宅とみられる大型建物跡(七世紀前半)など建物跡がまとまって見つかった明日香村島庄の島庄遺跡で、新たに七世紀中ごろの塀とみられる柱列跡が見つかり、明日香村教育委員会が4日、発表した。馬子邸にあったとされる方形池の北側にも遺構が広がっていることが分かり、蘇我氏滅亡後の「嶋宮(しまのみや)」の範囲を考える上で貴重な資料になるという。
 方形池の北側約50メートルで、塀の柱跡(直径20―25センチ)が南北の方向に一列、約8メートルにわたって見つかった。さらに調査地の外側にも延びていたとみられる。ただ、北側は現在の小川にぶつかり、丘陵が隔たっている。


                    2005年12月5日 -奈良新聞 より-

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