明の輸入陶磁器片「豆彩」日本初出土 山科本願寺跡 もてなし施設か

 本願寺中興の祖、蓮如が室町後期に建立した山科本願寺跡(京都市山科区)を発掘調査していた京都市埋蔵文化財研究所(市埋文研)は8日、寺の中枢である「御本寺」から明時代の「豆彩(とうさい)」など多数の輸入陶磁器片が出土したと発表した。豆彩は日本でこれまで出土例のない珍しいもので「当時の寺の財力と優雅な生活ぶりを伝える貴重な発見」という。

 11月中旬から約150平方メートルを調査。建物跡とみられる直径30センチ程度の礎石や柱穴のほか、石組みの溝や池跡などの庭園遺構が見つかった。

 輸入陶磁器片はいずれも遺構を覆っていた約5センチの焦土層から出土した。豆彩は明時代に完成された鮮やかな青緑色が特徴の図柄が描かれた磁器で、出土した破片には岩や芭蕉、小鳥が優雅に描かれていた。ほかにも天目茶碗、青磁や染付(そめつけ)の破片が数100点見つかった。

 近くの穴からは、仏堂の床に敷かれたとみられるタイル(☆(せん))や、須弥壇(しゅみだん)を飾ったとみられるガラス製の小玉が200点以上出土した。

 遺物はいずれも、焦土から出ており、1532年に法華宗徒らに焼き打ちを受けた際のものとみられる。

 遺構について、市埋文研は、輸入陶磁器の多さに比べて日常の飲食で使う土師(はじ)器がほとんどないことなどから「仏堂を備えた賓客のもてなしの場ではないか」と推測。「焼き打ちの後、貴重な品は持ち去られたはず。にもかかわらずこれほどのものが残されていたとは」と驚いている。

 現地説明会は10日午前10時から。出土遺物は上京区の京都市考古博物館で10−18日まで展示する。月曜休館。無料。

 山科本願寺 応仁の乱直後の1478(文明10)年、蓮如によって造営された。「御本寺」「内寺内」「外寺内」の三つの郭で構成された城塞都市で、1532(天文元)年、近江守護六角氏や法華宗・延暦寺の連合軍に焼き打ちされた。
 ☆は土へんに「專」


                    2005年12月8日 -京都新聞 より-

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