|
金閣寺境内に「北山殿」の遺構 室町中期に足利義満が造営 京都市北区の鹿苑寺(金閣寺)境内を発掘調査していた京都市埋蔵文化財研究所は14日、室町中期に足利義満が造営し、死後破壊された邸宅「北山殿」の一部とみられる遺構を確認したと発表した。金閣からわずか40メートル東側という立地から、市埋文研は「北山殿の寝殿など中核施設に付随した廊下ではないか」としている。 方丈の解体修理に伴い、現在の礎石を残したまま約98平方メートルを調査。室町後期の建物跡の下から、直径約50センチの礎石を確認、4・2メートル西でも直径約70センチの礎石の抜き取り穴が、2・2メートル間隔で南北に続いていた。南北方向の廊下の基壇とみられるという。 市埋文研は、礎石を覆う層から15世紀末の土器が出土したことから、それ以前の15世紀初めに破壊された「北山殿」の遺構と結論づけた。遺構上面から仏堂に使われるタイル(磚(せん))が出土しており「遺構の近くに仏堂があった可能性もある」としている。 北山殿と見られる遺構は金閣の北側などで、小ぶりな建物跡が見つかっているが、中心部分の遺構の発見は初めて。市埋文研所長の川上貢京都大名誉教授(日本建築史)は「遺構を見ると、古い時代ほど建物が北にずれていたようだ。寝殿は方丈の一角にあると予想していたが、実際は今回の調査地の北側にあるとみられる。建物跡はそれに付随する廊下かもしれない」と話している。現地説明会は行わない。 2005年12月14日 -京都新聞 より- |