池の底から中世の「洲浜」 知恩院・方丈庭園 尊氏建立幻の寺?

 江戸時代初期に造営された知恩院(京都市東山区)の方丈庭園で、中世に多く作られた「洲浜(すはま)」とみられる石敷き跡が、9日までに池の底から見つかった。現在の池とは形状が全く異なるため、南北朝時代に足利尊氏が東山山ろくに創立した常在光院(寺)の庭園跡の可能性もあり「はっきりした史料の少ない『幻の寺』の姿を解明するうえで興味深い」と専門家は注目している。

 知恩院の方丈庭園は江戸時代を代表する書院建築の大方丈と小方丈(いずれも重要文化財)の南側に面し、中心に大小2つの池が広がっている。1641(寛永18)年に名高い造園家小堀遠州とかかわりの深い僧玉淵らが作庭し、京都市指定の名勝となっている。

 昨年夏に池岸の一部石組みが崩れ、お寺と市埋蔵文化財研究所が池底や護岸を調査した。その結果、北池の西岸から中心部にかけて緩やかな傾斜の石敷き(幅約3メートル)が見つかった。直径15センチ程度の石が海岸を模すように散りばめられ、平安時代から鎌倉時代の庭園に多く作られた洲浜との共通点が確認された。

 知恩院の建立以前、庭園の周辺は隣接する青蓮院の敷地で、尊氏が築造した常在光院があったという記録がある。しかし遺構などは見つかっておらず「幻の寺」ともいわれている。
 調査に携わった福原成雄・大阪芸術大教授(日本庭園史)は「大きな石組みで護岸した現在の池の形状とは明らかに異なり、石敷きの特徴から室町時代より古い遺構の可能性が高い。これまで謎の部分が多かった常在光院跡との関連をうかがわせる初めての遺構で、より広範な本格的な調査が必要だ」と指摘。尼崎博正・京都造形芸術大教授(造園学)も「金閣寺や醍醐寺などでも昔の庭園の遺構を活用して新たな名庭園を完成させた。知恩院の方丈庭園の成り立ちを知るうえでも興味深い発見だ」と注目している。


                    2006年2月9日 -京都新聞 より-

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