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4世紀後半、最古級の須恵器 宇治市街遺跡から出土、定説覆すか 宇治市教委と奈良文化財研究所(奈良市)は22日、宇治市街遺跡(宇治市宇治妙楽)から出土した須恵器について「4世紀後半のもので最古級とみられる」と発表した。一緒に出た板材の伐採年が年輪年代測定法と炭素年代測定法により「389年」と導かれ、須恵器の様式も古いことから判断したという。渡来人が技術を伝えた須恵器の生産開始時期は5世紀前半とされてきたが、定説をさかのぼることになる。 出土した須恵器は、高坏(たかつき)や器台、かめなど20点。平安時代遺構の下層の溝跡(長さ約12メートル、幅3メートル、深さ約50センチ)から見つかった。実年代は不明ながら最古級の須恵器と位置づけられる大庭寺(おおばでら)遺跡(大阪府堺市)の須恵器の模様や形式と類似。灰が表面に残り、初期段階の技術をうかがわせる。 溝跡からは、朝鮮半島南部の素焼き土器と同形式の韓式土器約70点をはじめ、土師(はじ)器や木製品も出土。うち板材を奈文研の光谷拓実・古環境研究室長が年輪年代測定し、木が伐採された年は389年との結果が出た。さらに国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の今村峯雄教授が炭素年代測定し、「359−395年」と補強した。 市教委は板材と土器類が同時期に捨てられたと推測。根拠に、土器類は溝底にまとまっており、水に流されるほど時間が経過した形跡がない▽上層に同じ土が覆っていた▽人が長く居住した跡がない−などを挙げる。また、須恵器は、平城京跡から出土した5世紀前半のものとされる須恵器より、朝鮮半島の土器に似た古い様式でもあり、4世紀後半と判断した。 杉本宏・市文化財保護係長は「二つの科学的測定法で、須恵器の生産開始時期が早まったといえる。古墳時代を考えるだけでなく、日本史的、国際的な成果にもつながる」と話している。 年輪年代測定法と炭素年代測定法 ともに木が伐採された年代を測定する。木の年輪幅を調べ、伐採年が分かっている暦年標準パターンと照らし合わせて特定するのが年輪年代測定法。炭素年代測定法は、生きていた木に含まれている炭素が伐採後に減り続ける原理を応用、今回は板材の炭素14の濃度を加速器質量分析計で測り、データベースと照合した。 2006年3月22日 -京都新聞 より- |