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重源の考案ではなかった-奈良博の内藤室長が新説【三角五輪塔】 東大寺を復興した高僧・重源(1121―1206年)の考案とされる三角五輪塔について、さらに古くから醍醐寺(京都市伏見区)で用いられたことを、奈良国立博物館の内藤栄・工芸考古室長が明らかにした。重源は若い頃を醍醐寺で過ごし、三角五輪塔のデザインを伝授された可能性が強いという。定説の「重源オリジナル」に見直しを迫ることになりそうだ。 五輪塔は大日如来の象徴とされ、下から順に地、水、火、風、空を表現。火輪の底は正方形だが、三角五輪塔は三角形で、密教の教義を忠実に表現したとされる。 2006年4月18日 -奈良新聞 より- |