西大寺の大型調理場跡発見 奈良、数百人の食事賄う

 奈良時代に聖武天皇の娘、孝謙天皇が平城京(奈良市)に建立し、勢力を誇った西大寺の旧境内で、数百人いたとみられる僧侶の食事や供物を作った調理場らしい8世紀後半の大型建物跡が見つかり、奈良文化財研究所が5日、発表した。
 これまでの調査と合わせ、「食」にかかわる施設が「食堂(じきどう)院」と呼ばれる約120メートル四方の区画に機能的に配置されていたことが判明。創建当初の姿を示す資料として注目されそうだ。
 確認された建物跡は3カ所。西大寺の財産を記録した「西大寺資財流記帳」(780年)によると、北から倉庫の「甲双倉(こうならびぐら)」、調理場の「大炊殿」、盛り付けを行った「檜皮(ひわだ)殿」とみられる。
 大炊殿は東西約27メートル、南北約15メートル。同規模の檜皮殿と幅約5メートル、長さ約15メートルの渡り廊下で連結。両殿の間に平城京では最大級の井戸(約2・3メートル四方)も見つかった。
 過去の調査で檜皮殿の南に「食堂」とみられる建物跡、東側に食糧貯蔵用の須恵器を埋めた跡や料理の下ごしらえのための「東檜皮厨(くりや)」の基壇も見つかっている。
 奈文研の馬場基研究員は「修行の場でもあった食堂は金堂、講堂に次いで大切な場所で、古代の寺院運営を知る上で貴重な資料だ」と話している。


                    2006年10月5日 -共同通信 より-

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