最古の和歌木簡が出土 650年ごろ、難波宮跡

 大阪市中央区の難波宮(なにわのみや)跡で「皮留久佐乃(春草の)」などと万葉仮名で和歌を書いた640−650年ごろの木簡が見つかり、大阪市教育委員会と同市文化財協会が12日、発表した。
 万葉仮名で和歌を書いた木簡はこれまで、観音寺遺跡(徳島県)などの7世紀後半が最古とされていた。今回の木簡は30年ほどさかのぼる画期的な資料。日本語表記や万葉集などの研究に大きな影響を与えそうだ。
 木簡は長さ約18センチ、幅約3センチ、厚さ約0・5センチ。「皮留久佐乃皮斯米之刀斯」と11文字が記されており、「春草の始めのとし」と解読された。12文字目の途中で折れていた。
 「春草の」は枕ことばのように「はじめ」を導き出す言葉らしく、行政文書などでは使われないことや、五七調の調子から、和歌の冒頭部分だったとみられる。
 平安時代の古今和歌集で「歌の父母」と紹介された「難波津の歌」を万葉仮名で書いた木簡は多く出土しているが、今回の和歌は万葉集などに該当するものが見つかっていない。新年などを祝う宴会で詠まれためでたい歌だったらしい。
 このころ物品名として「田比」(魚のタイ)や「伊加比」(貝のイカイ)など万葉仮名風の表記が普及していたことは、荷札用の木簡などで分かっていたが、和歌だけでなく文章としての使用確認は初めて。
 1字ずつ丁寧に書かれており、習字や落書きとは考えられないという。
 発見場所は難波宮の南西隅で、宮を造営(完成652年)するため埋められた谷。水分が多いため木簡が残ったらしい。埋め立て用の土などと一緒に放り込まれており、一緒に出た土器の年代などと合わせ、640−650年と推定された。
 木簡は14日から23日まで大阪歴史博物館(大阪市中央区)で公開される。14、15日は入場無料。


                    2006年10月12日 -共同通信 より-

index