高麗寺の南門跡から鴟尾 内外の使節に威厳示す?

 飛鳥時代に創建された史跡高麗寺(こまでら)跡(京都府山城町)を調査していた同町教育委員会は27日、8世紀末ごろの屋根の装飾物「鴟尾(しび)」が南門跡付近から出土したと発表した。
 高麗寺は飛鳥寺と同じ型の瓦を使っており、渡来人の高麗氏の氏寺だったとされる。すぐ南に大和への北の玄関、木津川が流れている。
 町教委は「赤い派手な鴟尾で壮麗な南門が想像できる。木津川を往来する外国や地方の使節に威厳を示すため、正面の外観を重視したのだろう」としている。
 復元した鴟尾は幅約90センチ、高さ約90センチ、奥行き約40センチ。元は高さ1メートル程度とみられる。赤い粘土を焼いたもので、鳥の尾が曲がったような形。表面に、はけではいた跡がある。瓦をはめ込むための三日月型の穴も残っていた。
 これとは別に、伽藍が整備された7世紀後半とみられる鴟尾の破片も見つかった。
 また、南門の柱の礎石が出土したことから、南門が伽藍の中軸線から西にずれた変則的な配置であることも判明。町教委は「中門や南門付近をさらに調べ、寺の全体像を明らかにしたい」としている。
 現地説明会は12月2日午前10時半と午後1時半の2回。


                     2006年11月27日 -共同通信 より-

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