万寿寺の池跡見つかる 下京、焼け瓦で埋め立て跡も

 室町時代、京都五山に列する格式ある寺で、京都中心部の「万寿寺通」の名の由来にもなった万寿寺の池跡が、京都市下京区間ノ町通五条下ルの発掘現場で見つかり、1日、市埋蔵文化財研究所が発表した。万寿寺の遺構が見つかったのは初めて。池は平安期以来3度造り替えられ、室町中期の火災の焼け瓦で埋め立てた跡もあった。
 下京消防署の新築で昨年11月末から約486平方メートルを調査した。

 同寺は1591(天正19)年、豊臣秀吉の京都改造で東福寺塔頭に格下げとなったが、以前は、平安後期に白河天皇の御所となった六条院を継承し、南北3町(約360メートル)の大伽藍(がらん)を誇った。

 池跡は時代とともに縮小し、2期目は六条院の池と同じ緩やかな洲浜があったが、3期目は大量の焼け瓦で埋め立てられ、4期目はさらに縮小して、十分な手入れがされなかったことを示す腐植土もたまっていた。

 火災で変色した礎石2個も見つかり、直径50センチの柱跡も残っていた。市埋文研は焼け瓦は1434(永享6)年の火災によるものとみている。

 市埋文研所長の川上貢・京都大名誉教授(日本建築史)は「かつての万寿寺をしのぶ遺跡で価値ある発見。寺地の北寄りに位置していることから、仏堂の裏の方丈に伴う池だったのではないか」と話している。

 現地説明会は3日午前10時から。問い合わせは現場事務所Tel:075(344)8662。


                     2007年2月1日 -京都新聞 より-

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