屋根は「とち葺き」、県教委調査 延暦寺・重文の明王院本堂

 天台宗の修験道場として栄えた明王院本堂(大津市葛川坊村町、国の重要文化財)の屋根が「とち葺(ぶ)き」であったことが滋賀県教委の調査で分かった。県内で、とち葺きの建造物は、延暦寺の戒壇院や創建当時の根本中堂などいずれも同寺の主要な建物に限られている。県教委は「延暦寺が明王院を重要な位置付けにしていたことがうかがわれる」とし、2009年末までに行う修復で約300年前の建立時の姿に戻すことに決めた。
 「とち葺き」は、木板を重ねる屋根葺きの工法。「こけら葺き」と同じだが、板が厚いため、強固で耐久性に優れるという。
 県教委は05年から開始した明王院本堂の解体修理と合わせ、建物の調査を進めてきた。
 本堂屋根はかつてこけら葺きだったが、腐食が激しく1961年から鉄板で覆っていた。今回の調査で屋根裏からとち葺きの部材となる杉板が数点見つかり、壁にとち葺きをした跡があった。また実際に試し葺きをしたところ、杉板がきれいに収まった。このため県教委は1715(正徳5)年建立時の文書にある記述を裏付けたと判断した。
 県教委や明王院が行う修復事業は、すでに国の文化審議会文化財分科会からの許可も得ている。
 明王院は、平安期に回峰行の祖・相応が開き、天台宗の修験道場として栄えた。室町幕府の将軍足利義満や、義政の妻・日野富子が参籠(さんろう)した、と伝わる。毎年7月に千日回峰行を満行した行者らが参籠し、「太鼓回し」を営んでいる。本堂は江戸中期の建物だが、中世的な特徴を持っている。


                     2007年6月12日 -京都新聞 より-

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