未知の仏典「観音玄義科」発見 滋賀・金剛輪寺

 これまで知られていなかった天台宗の仏典「観音玄義科(かんのんげんぎか)」が31日までに、金剛輪寺(滋賀県愛荘町)から滋賀県教委の調査で見つかった。中国天台宗の開祖、天台大師智☆(ちぎ)が著した聖典「観音玄義」を中国南宋期の僧が要約、標語にして線で結び、智☆思想の論理構造を表している。未知の仏典の発見は貴重で、専門家から「重要文化財級の発見」という声も上がる。
 「観音玄義科」は巻子装で、縦29センチ、全長669センチ(十四紙継ぎ)。一紙22行詰めで1行がおよそ22字に収まる。表題に「観音玄義科」「知禮(礼)」と著者の名がある。数文字程度の標語を縦横の線でつなぐ「科文」で、1行ごとに薄い墨の枠で囲っている。
 奥書に、「嘉禎三(1237)年」「楊梅大宮一乗弘通之法家」「書写了」「此科前代未度」「為了行上人渡唐之時」などとあり、鎌倉前期に僧了行が初めて南宋から持ち帰り、現在の京都市下京区五条大宮近くで書写したことが分かる。
 数人の名の一部と「於願徳寺奉受了 源祝」と記述のある室町期のものとみられる別紙もあった。県教委の調べで天台密教西山流を相承した僧侶と分かり、仏典が流派の長に受け継がれてきたこともうかがえる。
 「観音玄義科」は、仏典を網羅した「大正新脩大乗経」や、天台宗関係の典籍目録「昭和現存天台書籍綜合目録」にも見られない。県教委は「極めて希少な仏典。仏教が活発だった鎌倉期の僧の姿がうかがえ、貴重な発見だ」としている。
 ■重文の価値も
 宇都宮啓吾・大阪大谷大教授(国語学)の話 全く未知の仏典が見つかるのは珍しい。鎌倉期の日中の交流や仏教史を知るうえでも重要だ。当時の中国には多くの僧が渡り、新仏教が起こったり、既存仏教にも影響を与えた。今回の発見で、金剛輪寺から見つかった聖教など資料の価値は高まり、「金剛輪寺聖教」としてとらえれば、重要文化財としての価値も出てくる。
 ■観音玄義 観音経を解釈した聖典で、中国で天台宗を開いた天台大師智ギ(538−597年)が著した天台五小部の一つ。法華玄義など天台三大部に次ぐ天台宗根本聖典の一つ。日本では観音信仰の広がりで受け入れられた。
 ☆は「鎧」の右側に「頁」です。


                     2008年4月1日 -京都新聞 より-

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