|
藤原京跡で不比等示す木簡、邸宅の存在裏付け 奈良県橿原市の藤原京(694?710年)跡で出土した木簡に、右大臣を意味する「右大殿(みぎのおおとの)」との文字が書かれていたことが奈良文化財研究所の調査で分かった。 当時の有力政治家、藤原不比等(ふひと)(659?720年)とみられる。藤原京内で不比等にかかわる木簡が見つかったのは初めて。 木簡は縦24・1センチ、横2・5センチ。同研究所が1979?80年に行った発掘調査で、藤原京の中にある藤原宮の12の門のうち、東側の一番北にある門跡近くの溝から出土した。 同研究所の市大樹(いちひろき)・主任研究員が赤外線写真で分析した結果、「右大殿荷八」と書かれていることが判明。宮内から、右大臣邸に八つの荷物を運ぶ際、門で外された荷札とみられる。 荷物を運び出す際には、邸に近い門を使用したと考えられることから、不比等邸が藤原宮の東か北東にあったと推定できる。平安時代の文献に、不比等邸を「城東第」と記され、宮の東にあったとしていることを裏付けるという。 不比等は日本最初の法典・大宝律令制定を主導し、平城遷都を進めた。 2008年6月23日 -読売新聞 より- |