埴安の池は人工の池-香久山西麓、南北に細長く

 万葉集に歌われた「埴安(はにやす)の池」について、橿原市木之本町の「畝尾都多本(うねおつたもとの)神社」などの微高地を北堤にして自然の川をせき止めた、香久山西麓(ろく)沿いの南北に細長い人工の池だったとする試論を、橿原市文化協会理事の平井良朋・元天理大学教授(86)=日本史=が発表した。同池の所在地は香久山付近と考えられきたが、具体的な場所は不明でさまざまな説があった。今月発行される同市文化協会の会誌「橿原文化」第31号に掲載される。

 万葉集に納められた「藤原宮の御井の歌」(巻一の52、作者不群)で、埴安の池の堤に立ち四方を見渡した藤原宮や大和三山などの情景が詠まれている。

 平井さんは7、8世紀にあったと考えられる池の所在地の条件として、大和三山が見れる▽潅漑用の池として水を貯(た)める堤の構築が可能?などを挙げ、「畝尾都多本神社」と「畝尾坐健土安(うねおにいますたけはにやす)神社」に注目。周辺よりもやや土地の標高が高いため、東側にある香久山との間で堤を作って北方へ流れる中の川をせき止める場所に最適だと推論した…


                     2008年8月26日 -奈良新聞 より-

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