東大寺戒壇院厨子「扉絵」の写し発見…重文級の評価も

 唐の高僧・鑑真(688〜763年)が創建した奈良・東大寺戒壇院に安置されていた厨子(ずし)の扉絵を写した図像が見つかり、奈良国立博物館(奈良市)が「筆致などから、戒壇院焼失前の平安後期に描き写されたもので、戦後、行方不明になっていた絵図」と確認した。

 人物の構図などが正倉院宝物の「鳥毛立女(りつじょ)屏風(びょうぶ)」(奈良時代)と共通しており、同博物館は「希少な天平絵画の系譜を伝える重文級の発見」と評価している。

 鑑真は、唐から苦難の末に来日し、戒を授けるために東大寺戒壇院を開いたが、建物は厨子とともに1180年(治承4年)、平重衡(しげひら)による南都焼き打ちで失われた。

 「戒壇院厨子扉絵図像」1巻で縦約29センチ、横約11メートル36。東大寺の名に加え、扉絵を写したとする墨書があった。供養菩薩(ぼさつ)や梵(ぼん)天、帝釈天、四天王など16の図像を墨で描写。東大寺の国宝「倶舎曼荼羅(くしゃまんだら)」(平安時代)に描かれている四天王などと、色や大きさはほぼ同じで、図像が、倶舎曼荼羅の原本だった可能性もある。


                     2008年8月30日 -読売新聞 より-

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