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土器片に「女」「男」表す万葉仮名 滋賀、紫香楽宮跡 奈良時代に聖武天皇が造営した紫香楽宮(しがらきのみや)跡とされる滋賀県甲賀市信楽町の宮町遺跡(8世紀中ごろ)から、和歌でよく使われる万葉仮名が書かれた土器片が見つかった。市教委が22日発表した。同遺跡からは万葉集の歌が書かれた木簡も初めて出土している。当時の貴族が日常的に和歌をたしなんでいたことを示す資料で、市教委は「仏教色の強い都とされてきた紫香楽宮の性格を再検討する重要な発見」としている。 市教委によると、土器片は04年の発掘調査で、宮殿の中核施設「朝堂」跡の南側で出土した。長さ8〜3.5センチの破片を組み合わせた土器の裏側に、太い筆遣いで「歌一首」、細字で「伊毛」「乃古」と墨で書かれていた。 このうち「伊毛」「乃古」は漢字1字で1音を表す万葉仮名。「伊毛」は女性を示す「いも(妹)」、「乃古」は男性の意味の「おのこ(男)」の下の2字とみられる。「乃」の上にも文字が書かれていたが判読できなかった。「歌一首」の「歌」と、「首」の字の一部に重ね書きをした跡があった。練習に使われた可能性が高いという。土器は復元した場合、直径23センチの須恵器の皿になるという。 文字を判読した栄原永遠男(とわお)・大阪市立大大学院教授(日本古代史)は「皿は歌を詠む機会に用いられたものだろう。聖武天皇が造営工事をしたとされる大仏とのかかわりから、紫香楽宮は仏教的な性格が強いと考えられてきたが、貴族文化も芽生えていたことが裏付けられた」と話している。 出土した土器は24〜29日、甲賀市信楽町の宮町遺跡調査事務所で一般公開される。(上田悠) ◇ 〈紫香楽宮〉 聖武天皇が造営した奈良時代の宮。大仏を建立し、仏都とすることを目指したとされる。745年に難波宮から移ったが、数カ月で平城京に遷都。近年の発掘調査で、本格的な宮だったことが明らかになった。 ◇ 〈渡辺晃宏・奈良文化財研究所史料研究室長の話〉 万葉仮名が書かれた土器が見つかるのは珍しい。紫香楽宮での歌の世界の広がりを感じさせる重要な発見だ。なぞり書きをした跡から、公式の場で和歌を詠むことを前提として練習したと推測できる。 2008年9月24日 -朝日新聞 より- |