奈良の飛鳥京北側に役所跡都の範囲、拡大か

 飛鳥時代に歴代天皇の宮殿があった奈良県明日香村の飛鳥京跡で、7世紀後半の役所とみられる大型建物跡が見つかり、県立橿原考古学研究所が9日、発表した。

 飛鳥京の北の境界線と推定されていた石組み溝よりも北側に位置しており、同研究所は「飛鳥京は思っていたより広がる。範囲に明確な区切りはなく、北にある飛鳥寺や石神遺跡の役所群も含んでいたのかもしれない」としている。

 建物跡は東西15メートル以上、南北7メートル以上で、ひさしが付く立派な構造。屋根から落ちる雨水を受けるための溝や、儀式の場とされる石敷き広場が正面にあり、天武天皇(在位673?686年)の飛鳥浄御原宮時代の役所らしい。

 同研究所は2007年、この建物跡の西約90メートルで、東西に延びる7世紀後半の精巧な石組み溝(幅約1・7メートル)を発見。溝の北側に同時期の遺構がなく、飛鳥京の北端に当たるとしていた。

 07年の調査地と建物跡との間で、新たに同様の溝(長さ8メートル)も確認。全長50メートル以上とみられるが、建物跡までは続いておらず、途中で南北いずれかの方向に曲がるようだ。


                    2009年2月9日 -共同通信 より-

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