再建時も同じ柱位置?-中宮寺跡金堂基壇

 斑鳩町法隆寺東二丁目の史跡中宮寺跡で、金堂基壇の柱の礎石抜き取り穴から、飛鳥時代前半(7世紀前半)の創建期の礎石を支える「根石」が見つかり、斑鳩町教育委員会が7日、発表した。据え付け穴自体は再建時のものと考えられ、創建当初から柱の位置が変わっていない可能性が高まった。同寺創建期の建物規模を考える貴重な資料となりそうだ。

 今回は史跡整備に伴い、昨年8月から約270平方メートルを学術調査。土を何層にも突き固める古代工法「版築(はんちく)」が使われた創健期の基壇などが見つかった。

 上面で礎石の抜き取り穴17個を検出。穴は版築の上から掘り込まれているため、平安から鎌倉時代の再建時のものと考えられる…


                    2009年4月8日 -奈良新聞 より-

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