寛永の瓦は長持ち? 重文・知恩院集會堂修理で府教委調査

 丁寧に焼いた古い瓦は長持ち−。江戸時代初期に建てられた重要文化財「知恩院集會堂(しゅうえどう)」(京都市東山区)の修理過程で、建築当時の瓦が後にふき替えられた瓦と比べ、破損が少ないことがわかった。専門家は「当時の京都に優れた職人が集まっていたのでは」と分析している。

 ■京に優れた職人集結か

 京都府教委が屋根のふき替えに際し、瓦約7万5000枚を点検、3割が再利用できることになった。調査すると全18点ある鬼瓦のうち、再利用できる15点は建築時の1635(寛永12)年のものだった。ほかの瓦も調査中だが、寛永年間のものが相当数にのぼる、とみている。

 瓦は江戸中期以降や明治や大正期にも一部修理されているが、府文化財保護課は「寛永の瓦は時間をかけて焼くなど技術的にも高かったが、後の時代ものは短い焼き時間のものが使われたのでは」と推測。京都女子大の川本重雄学長(日本建築史)は「建築費用を徳川家が寄進して資金があったうえ、本山が多い京都は当時、優れた大工や職人がたくさんいたのだろう」と話している。また、集會堂と御影堂(国宝)をつなぐ渡り廊下の調査では、床を支える横材(約24センチ角)や集會堂端の柱に比べ、廊下の柱の太さが約12センチ角と極端に細かった。同課によると現在の集會堂は火災後に再建されており、建物間の延焼を防ぐため簡単に引き倒せるよう、あらかじめ細くしておいた、とみている。

 府教委は、集會堂の修理現場を11月7日(午前11時)と8日(同10時)に一般公開する。無料。



                    2009年10月29日 -京都新聞 より-

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