京都府・高麗寺跡から文字瓦 国が管理、寺の重要性裏付け

 7世紀初頭の飛鳥時代に渡来系氏族が創建した氏寺とされる高麗寺跡(京都府木津川市)で、「太万呂」「乙万呂」と制作者の名前が刻まれた文字瓦が見つかり、同市教育委員会が17日、発表した。

 恭仁宮式文字瓦と呼ばれ、略字を交えて刻印。同じ名前が刻まれた瓦は恭仁宮跡と平城宮跡でも見つかっている。

 制作者を特定することで品質管理していたとみられ、市教委の中島正社会教育課長補佐は「当時、瓦は国が管理していた。高麗寺が国営の寺院に極めて近い重要な寺だったことを裏付ける史料」と話している

 このほか播磨(現兵庫県南西部)で制作した唐草模様の瓦も出土。同県加古川市の古大内遺跡で見つかったものと同じ作り方という。

 いずれの瓦も12世紀末から13世紀初頭の土器とともに寺の排水溝跡から出土。市教委は高麗寺がこの時代に廃寺になったと結論付けた。



                    2009年11月17日 -共同通信 より-

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