法住寺殿の建物跡か 東山 路面と柱穴出土

 平安時代末期に後白河上皇が政治の拠点とした「法住寺殿(ほうじゅうじどの)」に関連する可能性がある建物の遺構がこのほど、京都市東山区の京都国立博物館の敷地で見つかった。場所は、豊臣秀吉ゆかりの方広寺が建つなど歴史的建造物の変遷があった所で、発掘した京都市埋蔵文化財研究所(市埋文研)は「当時の土地利用を知る貴重な手掛かり」としている。

 見つかったのは、南北15メートルほどの路面(幅4・5メートル)と、直径80センチの柱穴2カ所。柱穴は路面西側に4・2メートル間隔で南北に並んでいた。市埋文研によると文献などから、法住寺殿の北殿があった場所に近いことから、柱は北殿や北殿に関連する建物の門である可能性が高い、という。

 法住寺殿は戦乱で焼けたほか、後に秀吉がほぼ同じ場所に方広寺を建設したこともあり、北殿での遺構出土はこれまでなかった。今回、発掘された路面を北に伸ばすと、方広寺大仏殿を建設する際につくられたとみられる、過去に発掘された路面と重なっており、市埋文研は「方広寺も法住寺殿の区画の影響を受けているのではないか」としている。

 同博物館敷地内の建築工事に伴い、約80平方メートルを調べた。現在は保存のため埋め戻している。



                    2010年1月2日 -京都新聞 より-

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