唐招提寺金堂の邪鬼は奈良時代の作品 年輪年代法で判明

 解体修理中の奈良・唐招提寺金堂(国宝)の軒下に据えられた木彫の邪鬼が、奈良時代の創建当初のものであることが奈良文化財研究所(奈文研)の年輪年代法による調査でわかった。従来は中世以降との見方が強かった。
 鬼瓦と同じ魔よけの意味がある邪鬼は高さ、幅とも約30センチ。軒下の4隅に1体ずつ据えられ、屋根の荷重を受ける。頭頂部が平らで、正座し、眉をつり上げて威圧するように彫られている。
 解体の機会に奈文研の光谷拓実・古環境研究室長が調査。松でできた南西像は江戸時代に取り換えられたものだったが、ほかの3体はヒノキ製で、外側の年輪は一番新しい南東像が西暦636年だった。原木の内側が使われているため、伐採年代はこれに100年以上を加えた年と考えられ、3体とも8世紀後半とされる金堂の創建年代に適合した。
 奈良国立博物館によると、彫刻としては中国の鬼神像の系譜で、重厚な表現や筋肉の描写が見事という。同寺の堀木教恩・執事長は「新しいものと思っていたので驚きました。鑑真さんの寺だから、中国の様式を採り入れたのでしょう」と話した。

 北東像と南西像の2体は、松山市の愛媛県美術館で開催中の「鑑真和上展」で展示されている。3月23日まで。

                      2003年2月13日 -朝日新聞 より-