奈良・興福寺の南大門跡から魚の骨 呪術的な鎮壇具か

 興福寺(奈良市)の南大門跡で、創建時の奈良時代初め(8世紀前半)に埋納された須恵器のつぼから、カサゴの一種の魚の骨などが見つかった。同寺と奈良文化財研究所が15日、発表した。魚は、建物が永遠に続くよう地の神に祈った鎮壇具(ちんだんぐ)とみられる。鎮壇具は金、真珠などの宝飾品や穀物が通例で、魚の埋納が確認されたのは全国初。魔よけなど呪術的意味があるとみられ、古代寺院の地鎮の様子を知る貴重な資料となりそうだ。
 江戸時代の大火で焼失以来、再建されていない南大門の基壇(東西31メートル、南北16.6メートル)の深さ約50センチの地中から、昨年11月に須恵器のつぼ(口径18.7センチ、高さ15.5センチ)が出土。ふたはなく土が詰まっていた。

 今年1月に土を取り出したところ、最下部に置かれた和同開珎(わどうかいちん)5枚とガラス玉13個の上に絹織物の断片や薬と考えられるナツメの種が数点見つかった。さらにその上に、魚の頭部の骨6片(長さ最大約1センチ)や左右の胸ビレ2片(同約1.5センチ)、多数のウロコ(同数ミリ)など1匹分計数百片が確認された。形状などからフサカサゴ科の一種と判明したという。背骨はなく、全長16〜18センチの魚の頭部だけを納めたらしい。
 藤原京や、平城京時代に創建された同寺や東大寺などから鎮壇具(7〜8世紀)は16例出土しているが、魚は見つかっておらず、仏教儀礼を記した経典「陀羅尼集経(だらにじっきょう)」(653年漢語訳)などにも魚を鎮壇具とする記述はない。
 森郁夫・帝塚山大名誉教授(歴史考古学)は「仏教のやり方とは異なり、海の幸を供える陰陽道(おんみょうどう)と関係があるのではないか。今後、新たな視点で鎮壇の姿を見直す必要がある」と話す。現場はすでに埋め戻され、遺物の公開は未定。(成川彩)

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 〈鎮壇具〉 寺が堂塔を建てる際、土地の神を鎮めて災いを退けるため、建物の基壇や仏像を安置する須弥壇(しゅみだん)の下に埋める品々。仏経典「陀羅尼集経(だらにじっきょう)」(653年漢語訳)には、七宝(金・銀・真珠・サンゴ・琥珀〈こはく〉・水晶・瑠璃〈るり〉=ガラス)、五穀(大麦・小麦・稲・小豆・ゴマ)を記している。興福寺の中金堂跡(8世紀初め)では金の塊や延べ板、黒水晶などが見つかっており、国宝に指定されている。



                    2010年6月15日 -朝日新聞 より-